《吾輩は猫である》第55章


る。こう云う時に重宝なのは迷亭君で、話の途切(とぎ)れた時、極(きま)りの悪い時、眠くなった時、困った時、どんな時でも必ず横合から飛び出してくる。「先月大磯へ行ったものに両三日(りょうさんち)前枺─欠辘Δ胜嗓仙衩氐膜扦いぁ¥い铯妞腚懁谓粨Qだね。相思の情の切な時にはよくそう云う現象が起るものだ。ちょっと聞くと夢のようだが、夢にしても現実よりたしかな夢だ。奥さんのように別に思いも思われもしない苦沙弥君の所へ片付いて生涯(しょうがい)恋の何物たるを御解しにならん方には、御不審ももっともだが……」「あら何を証拠にそんな事をおっしゃるの。随分軽蔑(けいべつ)なさるのね」と細君は中途から不意に迷亭に切り付ける。「君だって恋煩(こいわずら)いなんかした事はなさそうじゃないか」と主人も正面から細君に助太刀をする。「そりゃ僕の艶聞(えんぶん)などは、いくら有ってもみんな七十五日以上経過しているから、君方(きみがた)の記憶には残っていないかも知れないが――実はこれでも失恋の結果、この歳になるまで独身で暮らしているんだよ」と一順列座の顔を公平に見廻わす。「ホホホホ面白い事」と云ったのは細君で、「馬鹿にしていらあ」と庭の方を向いたのは主人である。ただ寒月君だけは「どうかその懐旧談を後学(こうがく)のために伺いたいもので」と相変らずにやにやする。
「僕のも大分(だいぶ)神秘的で、故小泉八雲先生に話したら非常に受けるのだが、惜しい事に先生は永眠されたから、実のところ話す張合もないんだが、せっかくだから打ち開けるよ。その代りしまいまで謹聴しなくっちゃいけないよ」と念を押していよいよ本文に取り掛る。「回顧すると今を去る事――ええと――何年前だったかな――面倒だからほぼ十五六年前としておこう」「冗談(じょうだん)じゃない」と主人は鼻からフンと息をした。「大変物覚えが御悪いのね」と細君がひやかした。寒月君だけは約束を守って一言(いちごん)も云わずに、早くあとが聴きたいと云う風をする。「何でもある年の冬の事だが、僕が越後の国は蒲原郡(かんばらごおり)筍谷(たけのこだに)を通って、蛸壺峠(たこつぼとうげ)へかかって、これからいよいよ会津領(あいづりょう)[#ルビの「あいづりょう」は底本では「あいずりょう」]へ出ようとするところだ」「妙なところだな」と主人がまた邪魔をする。「だまって聴いていらっしゃいよ。面白いから」と細君が制する。「ところが日は暮れる、路は分らず、腹は減る、仕方がないから峠の真中にある一軒屋を敲(たた)いて、これこれかようかようしかじかの次第だから、どうか留めてくれと云うと、御安い御用です、さあ御上がんなさいと裸巍疇T(はだかろうそく)を僕の顔に差しつけた娘の顔を見て僕はぶるぶると悸(ふる)えたがね。僕はその時から恋と云う曲者(くせもの)の魔力を切実に自覚したね」「おやいやだ。そんな山の中にも美しい人があるんでしょうか」「山だって海だって、奥さん、その娘を一目あなたに見せたいと思うくらいですよ、文金(ぶんきん)の高島田(たかしまだ)に髪を結(い)いましてね」「へえ工燃毦悉ⅳ盲堡巳·椁欷皮い搿!高@入(はい)って見ると八畳の真中に大きな囲炉裏(いろり)が切ってあって、その周(まわ)りに娘と娘の爺(じい)さんと婆(ばあ)さんと僕と四人坐ったんですがね。さぞ御腹(おなか)が御減(おへ)りでしょうと云いますから、何でも善いから早く食わせ給えと請求したんです。すると爺さんがせっかくの御客さまだから蛇飯(へびめし)でも炊(た)いて上げようと云うんです。さあこれからがいよいよ失恋に取り掛るところだからしっかりして聴きたまえ」「先生しっかりして聴く事は聴きますが、なんぼ越後の国だって冬、蛇がいやしますまい」「うん、そりゃ一応もっともな伲鼏枻坤琛¥筏筏长螭试姷膜试挙筏摔胜毪趣饯砜撸à辘模─摔肖昃心啵à长Δ扦ぃ─筏皮悉い椁欷胜い椁汀gR花の小説にゃ雪の中から蟹(かに)が出てくるじゃないか」と云ったら寒月君は「なるほど」と云ったきりまた謹聴の態度に復した。
「その時分の僕は随分悪(あく)もの食いの隊長で、蝗(いなご)、なめくじ、赤蛙などは食い厭(あ)きていたくらいなところだから、蛇飯は乙(おつ)だ。早速御馳走になろうと爺さんに返事をした。そこで爺さん囲炉裏の上へ鍋(なべ)をかけて、その中へ米を入れてぐずぐず煮出したものだね。不思議な事にはその鍋(なべ)の蓋(ふた)を見ると大小十個ばかりの穴があいている。その穴から湯気がぷうぷう吹くから、旨(うま)い工夫をしたものだ、田舎(いなか)にしては感心だと見ていると、爺さんふと立って、どこかへ出て行ったがしばらくすると、大きな笊(ざる)を小茫吮Вà─まzんで帰って来た。何気なくこれを囲炉裏の傍(そば)へ置いたから、その中を覗(のぞ)いて見ると――いたね。長い奴が、寒いもんだから御互にとぐろの捲(ま)きくらをやって塊(かた)まっていましたね」「もうそんな御話しは廃(よ)しになさいよ。厭らしい」と細君は眉に八の字を寄せる。「どうしてこれが失恋の大源因になるんだからなかなか廃せませんや。爺さんはやがて左手に鍋の蓋をとって、右手に例の塊まった長い奴を無雑作(むぞうさ)につかまえて、いきなり鍋の中へ放(ほう)り込んで、すぐ上から蓋をしたが、さすがの僕もその時ばかりははっと息の穴が塞(ふさが)ったかと思ったよ」「もう御やめになさいよ。気味(きび)の悪るい」と細君しきりに怖(こわ)がっている。「もう少しで失恋になるからしばらく辛抱(しんぼう)していらっしゃい。すると一分立つか立たないうちに蓋の穴から妗祝à蓼樱─窑绀い纫护某訾蓼筏郡韦摔象@ろきましたよ。やあ出たなと思うと、隣の穴からもまたひょいと顔を出した。また出たよと云ううち、あちらからも出る。こちらからも出る。とうとう鍋中(なべじゅう)蛇の面(つら)だらけになってしまった」「なんで、そんなに首を出すんだい」「鍋の中が熱いから、苦しまぎれに這い出そうとするのさ。やがて爺さんは、もうよかろう、引っ張らっしとか何とか云うと、婆さんははあ却黏à搿⒛铯悉ⅳい劝ま伽颏筏啤⒚à幛い幛ぃ─松撙晤^を持ってぐいと引く。肉は鍋の中に残るが、骨だけは奇麗に離れて、頭を引くと共に長いのが面白いように抜け出してくる」「蛇の骨抜きですね」と寒月君が笑いながら聞くと「全くの事骨抜だ、器用な事をやるじゃないか。それから蓋を取って、杓子(しゃくし)でもって飯と肉を矢鱈(やたら)に掻(か)き交(ま)ぜて、さあ召し上がれと来た」「食ったのかい」と主人が冷淡に尋ねると、細君は苦(にが)い顔をして「もう廃(よ)しになさいよ、胸が悪るくって御飯も何もたべられやしない」と愚痴をこぼす。「奥さんは蛇飯を召し上がらんから、そんな事をおっしゃるが、まあ一遍たべてご覧なさい、あの味ばかりは生涯(しょうがい)忘れられませんぜ」「おお、いやだ、誰が食べるもんですか」「そこで充分御饌(ごぜん)も頂戴し、寒さも忘れるし、娘の顔も遠懀Г胜姢毪贰ⅳ猡λ激い陇悉胜い瓤激à皮い毪取⒂荬撙胜丹い蓼筏仍皮Δ韦恰⒙盲蝿海à膜─欷猡ⅳ胧陇坤椤⒀觯à唬─藦兢盲啤ⅳ搐恧辘群幛摔胜毪取ⅳ工蓼笤Uだが前後を忘却して寝てしまった」「それからどうなさいました」と今度は細君の方から催促する。「それから明朝(あくるあさ)になって眼を覚(さま)してからが失恋でさあ」「どうかなさったんですか」「いえ別にどうもしやしませんがね。朝起きて巻煙草(まき
小说推荐
返回首页返回目录