《吾輩は猫である》第52章


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「おやいらしゃいまし」と云ったが少々狼狽(ろうばい)の気味で「ちっとも存じませんでした」と鼻の頭へ汗をかいたまま御辞儀をする。「いえ、今来たばかりなんですよ。今風呂場で御三(おさん)に水を掛けて貰ってね。ようやく生き帰ったところで――どうも暑いじゃありませんか」「この両三日(りょうさんち)は、ただじっとしておりましても汗が出るくらいで、大変御暑うございます。――でも御変りもございませんで」と細君は依然として鼻の汗をとらない。「ええありがとう。なに暑いくらいでそんなに変りゃしませんや。しかしこの暑さは別物ですよ。どうも体がだるくってね」「私(わたく)しなども、ついに昼寝などを致した事がないんでございますが、こう暑いとつい――」「やりますかね。好いですよ。昼寝られて、夜寝られりゃ、こんな結構な事はないでさあ」とあいかわらず呑気(のんき)な事を並べて見たがそれだけでは不足と見えて「私(わたし)なんざ、寝たくない、伲à郡粒─扦汀?嗌趁志胜嗓韦瑜Δ死搐毪郡螭婴饲蓼皮い肴摔蛞姢毪攘w(うらやま)しいですよ。もっとも胃弱にこの暑さは答えるからね。丈夫な人でも今日なんかは首を肩の上に載(の)せてるのが退儀でさあ。さればと云って載ってる以上はもぎとる訳にも行かずね」と迷亭君いつになく首の処置に窮している。「奥さんなんざ首の上へまだ載っけておくものがあるんだから、坐っちゃいられないはずだ。髷(まげ)の重みだけでも横になりたくなりますよ」と云うと細君は今まで寝ていたのが髷の恰好(かっこう)から露見したと思って「ホホホ口の悪い」と云いながら頭をいじって見る。
迷亭はそんな事には頓着なく「奥さん、昨日(きのう)はね、屋根の上で玉子のフライをして見ましたよ」と妙な事を云う。「フライをどうなさったんでございます」「屋根の瓦があまり見事に焼けていましたから、ただ置くのも勿体ないと思ってね。バタを溶かして玉子を落したんでさあ」「あらまあ」「ところがやっぱり天日(てんぴ)は思うように行きませんや。なかなか半熟にならないから、下へおりて新聞を読んでいると客が来たもんだからつい忘れてしまって、今朝になって急に思い出して、もう大丈夫だろうと上って見たらね」「どうなっておりました」「半熟どころか、すっかり流れてしまいました」「おやおや」と細君は八の字を寄せながら感嘆した。
「しかし土用中あんなに涼しくって、今頃から暑くなるのは不思議ですね」「ほんとでございますよ。せんだってじゅうは単衣(ひとえ)では寒いくらいでございましたのに、一昨日(おととい)から急に暑くなりましてね」「蟹(かに)なら横に這(は)うところだが今年の気候はあとびさりをするんですよ。倒行(とうこう)して逆施(げきし)すまた可ならずやと云うような事を言っているかも知れない」「なんでござんす、それは」「いえ、何でもないのです。どうもこの気候の逆戻りをするところはまるでハ濂辚工闻¥扦工琛工葒恧藖っていよいよ変ちきりんな事を言うと、果せるかな細君は分らない。しかし最前の倒行して逆施すで少々懲(こ)りているから、今度はただ「へえ工仍皮盲郡韦撙菃枻し丹丹胜盲俊¥长欷騿枻し丹丹欷胜い让酝い悉护盲证脸訾筏考嘴常àぃ─胜ぁ!赴陇丹蟆ⅴ烯‘キュリスの牛を御存じですか」「そんな牛は存じませんわ」「御存じないですか、ちょっと講釈をしましょうか」と云うと細君もそれには及びませんとも言い兼ねたものだから「ええ」と云った。「昔(むか)しハ濂辚工¥蛞脧垽盲评搐郡螭扦埂埂袱饯违烯‘キュリスと云うのは牛飼ででもござんすか」「牛飼じゃありませんよ。牛飼やいろはの亭主じゃありません。その節は希臘(ギリシャ)にまだ牛肉屋が一軒もない時分の事ですからね」「あら希臘のお話しなの? そんなら、そうおっしゃればいいのに」と細君は希臘と云う国名だけは心得ている。「だってハ濂辚工袱悚ⅳ辘蓼护螭埂弗烯‘キュリスなら希臘なんですか」「ええハ濂辚工舷EDの英雄でさあ」「どうりで、知らないと思いました。それでその男がどうしたんで――」「その男がね奥さん見たように眠くなってぐうぐう寝ている――」「あらいやだ」「寝ている間(ま)に、ヴァルカンの子が来ましてね」「ヴァルカンて何です」「ヴァルカンは鍛冶屋(かじや)ですよ。この鍛冶屋のせがれがその牛を盗んだんでさあ。ところがね。牛の尻尾(しっぽ)を持ってぐいぐい引いて行ったもんだからハ濂辚工郅蛞櫍à担─蓼筏婆¥洎‘い牛やい葘い亭皮ⅳ毪い皮夥证椁胜い螭扦埂7证椁胜い悉氦扦丹ⅰE¥巫阚Eをつけたって前の方へあるかして連れて行ったんじゃありませんもの、後(うし)ろへ後(うし)ろへと引きずって行ったんですからね。鍛冶屋のせがれにしては大出来ですよ」と迷亭先生はすでに天気の話は忘れている。
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「時に御主人はどうしました。相変らず午睡(ひるね)ですかね。午睡も支那人の詩に出てくると風流だが、苦沙弥君のように日課としてやるのは少々俗気がありますね。何の事あない毎日少しずつ死んで見るようなものですぜ、奥さん御手数(おてすう)だがちょっと起していらっしゃい」と催促すると細君は同感と見えて「ええ、ほんとにあれでは困ります。第一あなた、からだが悪るくなるばかりですから。今御飯をいただいたばかりだのに」と立ちかけると迷亭先生は「奥さん、御飯と云やあ、僕はまだ御飯をいただかないんですがね」と平気な顔をして聞きもせぬ事を吹聴(ふいちょう)する。「おやまあ、時分どきだのにちっとも気が付きませんで――それじゃ何もございませんが御茶漬でも」「いえ御茶漬なんか頂戴しなくっても好いですよ」「それでも、あなた、どうせ御口に合うようなものはございませんが」と細君少々厭味を並べる。迷亭は悟ったもので「いえ御茶漬でも御湯漬でも御免蒙るんです。今途中で御馳走を誂(あつ)らえて来ましたから、そいつを一つここでいただきますよ」ととうてい素人(しろうと)には出来そうもない事を述べる。細君はたった一言(ひとこと)「まあ!」と云ったがそのまあの中(うち)には驚ろいたまあと、気を悪るくしたまあと、手数(てすう)が省けてありがたいと云うまあが合併している。
ところへ主人が、いつになくあまりやかましいので、寝つき掛った眠をさかに扱(こ)かれたような心持で、ふらふらと書斎から出て来る。「相変らずやかましい男だ。せっかく好い心持に寝ようとしたところを」と欠伸交(あくびまじ)りに仏頂面(ぶっちょうづら)をする。「いや御目覚(おめざめ)かね。鳳眠(ほうみん)を驚かし奉ってはなはだ相済まん。しかしたまには好かろう。さあ坐りたまえ」とどっちが客だか分らぬ挨拶をする。主人は無言のまま座に着いて寄木細工(よせぎざいく)の巻煙草(まきたばこ)入から「朝日」を一本出してすぱすぱ吸い始めたが、ふと向(むこう)の隅(すみ)に転がっている迷亭の帽子に眼をつけて「君帽子を買ったね」と云った。迷亭はすぐさま「どうだい」と自慢らしく主人と細君の前に差し出す。「まあ奇麗だ事。大変目が細かくって柔らかいんですね」と細君はしきりに撫で廻わす。「奥さんこの帽子は重宝(ちょうほう)ですよ、どうでも言う事を聞きますからね」と拳骨(げんこつ)をかためてパナマの横ッ腹をぽかりと張り付けると、なるほど意のごとく拳(こぶし)ほどな穴があいた。細君が「へえ」と驚く間(ま)もなく、この度(たび)は拳骨を裏側へ入れてうんと突ッ張ると釜(
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